「云何遊此娑婆世界」
 これは「いかんがして此の娑婆世界に遊ぶ」と読みます。
 観音経と云うお経の一節です。
 観音さまは、私たちの世界に下りて来られて遊んでおられる。との意味あいになる訳ですがここで言う「遊ぶ」とは何を意味しているのでしょうか?
 一般に考えれば、遊園地で遊ぶとか、孫と遊ぶなど楽しい光景が目に浮かぶものです。
 しかし、ここで言われる「遊ぶ」とは私どもが日々の生活で感じるすべてが「遊ぶ」となる訳であります。楽しい、嬉しいことは勿論のこと、苦しい、悲しいことも含まれます。
 山口県から輩出された幕末の風雲児「高杉晋作」が肺病にて亡くなる前に詠まれた句があります。野村望東という尼僧が看病しておりましたが、この尼僧に「婆さん、良い句が浮かんできたので筆を持ってきてくれ」といい、おもむろに「面白く無き世の中を面白く」と書きつづりました。しかしその後の句が出てきません。「婆さん、後を付けてくれ」と晋作がいうと、「過ごすは人の心なりけり」と望東尼僧が続けたのでありました。
 「面白く無き世の中を面白く 過ごすは人の心なりけり」
晋作が28歳にて亡くなる間際に残した句であります。どうか皆さん、人生とは色々なことが折り重なるものですが「自分が置かれたその場その場で大いに遊ぶ」ことが出来るよう人間を磨いて参りましょう。

第15番札所(山口県都濃郡鹿野町) 
鹿苑山漢陽寺 住職 杉村五由