般若心経などに「空」という言葉がよく出てきます。「空」は仏教のもっとも大切な教えのひとつで「中身は空っぽ」という意味です。有名な「五蘊皆空」は「世の中のすべては本来、空っぽの性質である」ということですし、「色即是空」も「形あるものも本来、実体はない」という意味になります。  私が中学生の頃、今は亡き師匠のもとで小僧生活をしていました。お客さんにお茶(抹茶)を点てるのが仕事のひとつでした。狭い部屋には炉がきられ、師匠とお客さんが向き合っています。大体、人生相談や何やら真剣な話でした。長い時間かかることがよくありました。お茶係りの私は、黒子のように無言 で同席し、茶碗を片付けるためにただひたすら待っています。いよいよお話も終わりお帰りになるときに、お客さんがすっかり冷えてしまったお茶を飲んで「あ〜美味しいお茶ですねぇ」と仰るのが常でした。さらに、障子を開けて庭をご覧になった途端、「まぁきれいなお庭ですねぇ」と。このように感嘆されたことを覚えております。
 見送って戻ってくる私に師匠は言いました。「おい、あの人はなぁ、入ってくる時もこの庭を見ていたはずじゃ」と。
 そうなんです。心にいっぱい悩みや思いがあるときは、目は開いていても、何も見えていないのです。心に詰まっているものを空っぽにする。そうすると目の前にある美しい庭が飛び込んでくるのです。冷えてしまっても美味しくお茶が飲めるのです。
 人生、いろいろなことが身のまわりで起きます。理不尽なこと、納得いかないこと。どんなに辛い結果や苦しみが来ようとも、またどんな幸せが来ようとも、それらにとらわれることがない。粛々とありのままを受け入れたいものです。ことあるごとにに自らを空っぽにして、新鮮に生きていこうと示しているのが「空」の教えです。

第26番札所(島根県平田市) 
医王山一畑寺 住職 飯塚大幸