巡礼は旅です。一つの寺から次の寺へと巡ってお参りします。今でこそ車でさっと山門の中まで乗り入れてしまうので、道端にお地蔵様がいらっしゃることを知らず、その存在にさえ気付かないかもしれません。
 昔の巡礼は現代と異なり、大変な苦労があり、その辛さは想像できないものでした。
 そんな時代、わらべうたに
 「村のはずれの お地蔵様は いつもにこにこ 見てござる」
と唄われたように、路傍に佇んでいらっしゃるお地蔵さんが、私達の苦しい旅の支えになっていました。
 勿論、巡礼の目的は観音様にお参りすることです。しかしそれには一つの寺から次番へと旅を続け、その道中を大切にし、中止することなく感謝の歩を運び続けなければなりません。
 地蔵とは、サンスクリット語の「大地」「胎(包蔵する)」の意味があります。大地が堅固であるように地蔵さまの菩提心が堅固で、衆生に代わってあらゆる苦しみを受け取るとされています。
 車の中からでもいいのです。窓外に地蔵さまを見かけたなら繋ぎの路々で救いの手を差し伸べて下さる地蔵さまにも手を合わせ、旅の無事をお願いし、お地蔵様に助けられていることを感謝しながら、観音様にお詣りしたいものです。

地蔵真言 オン カカカ ビサンマエイ ソハカ

第二十六番札所(島根県平田市)浮浪山 一条院
                鰐淵寺 住職