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観音様の名号は梵名でアヴァロキティシュバラ、訳して観世音または観自在といい、単に観音とお唱えしたりします。
観世音とは、私どもの苦悩を聞いて、その苦悩を代わって引き受けて下さるということであり、観自在とはその苦患を自在に除いて下さるということです。観音様のご慈悲とその活動教化を現したお名前であります。
この観音様は諸佛菩薩の中で最も衆生縁の深い佛様で、その信仰は印度はもとより西蔵でも中国でも朝鮮でも台湾でも、凡そ佛教の普及している所ではおしなべて隆盛であり、我国でも西国、坂東、秩父、そして中国地方にも三十三ヶ所霊場があるなど、その他至る所に祀られていて、その信仰においては断然他の佛様を引き離しております。
日本における観音信仰のはじまりは推古朝で、今から千三百五十年余年前、聖徳太子が自ら『我は観音の現れなり』と仰せられて、観音様と感鷹同交の妙境に到達され、観音のおさしずを受けられたといわれています。又奈良時代、光明皇后様深く観音様に帰依し、観音の慈悲を自ら実践され、世の人は皇后を観音様のご化身と讃えたとのことです。
下って平安時代になると観音信仰は益々盛んになり、弘法大師の密教公伝とともに宗派宗門の区別なく、各宗が何れも競って観音様を信仰したのであります。
かくの如く古い時代から現代に至るまで、観音様の信仰は私共の祖先の心の奥底にしみ込んで、今日に及んだのであります。
私共日本人一人一人の肉体にも精神にも行き亘って、宗派の異同も信仰の相違もすべて超越して時代と共に益々盛んになったのであります。
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