流れ着いたご本尊

 昔、豊後の国に小五郎という心優しい、健康で利口な若者がおりました。いつもお寺へ参り、おはなしを聴くことをこの上なく喜んでおりました。
 その小五郎は、ある時豊後の国をあとにして、伊予の国にわたりました。山中にわけ入って、木炭焼きを生業としながら、いつか観音菩薩の尊像を手に入れたいと念願して、せっせと働いておりました。
 さて、その頃都の方にさる姫君がおりました。ある夜のこと、姫の夢の中に相好端厳な観音様が現れ、「お前が一生連れ添うべき夫は、今伊予の山中に住んで木炭焼きを生業としている、豊後の国の小五郎と申す者だ」とお告げになられました。
 目覚めた姫は、観音様のお告げに従って、早速旅支度を調え、海路で遠い伊予の国へ向いました。長旅の末、なんとか小五郎に会うことが叶い、夫婦となりました。
 姫が生活の資金にと携えてきた金を見せられた小五郎は「私は裕福ではないが、日々の暮らしに困る程ではありません。実は私には長年思い続けていることがあります。」
 「唐の国に肇澄という徳の高いお坊様がいらっしゃって、観音様の像を彫っていると言うのです。私はどうしてもこの尊像を手に入れたいと願っています。この金でその像を購入したいのですが…」と言うと、姫も「素晴らしいことです」と賛成してくれましたので、早速唐の国に使いを出しました。観音様の像を三体手に入れることができ、二人はとても喜びました。
 小五郎は大きないかだを造り、その上に御堂を建て、観音様の像をそれぞれ一体づつ納めて「勿体無いが観音様の像を海にお流し致します。どうか縁のある地につかれたならば悩み苦しむ世の人々をお救い下さい」と、いかだを伊予の浜から海へと押し出しました。
 いかだは波に流され、一つは備後の鞆の浦に、一つは安芸の国の生口島瀬戸田の桜が浜にそれぞれ流れ着きました。
 瀬戸田の人々は、このいかだを見つけけるとすぐに浜に引き上げました。よくよく見ると、立派な御堂があり、その中には光輝く観音様が納められておりました。人々は「なんとも有難いことだ」と思い、潮音山の頂に奉ることにしました。
 この観音様に詣で、祈願すると霊験あらたかであったので、人々はますます尊いことだと信仰を深めたということです。

第11番札所(広島県浦戸田) 向上寺 住職 小早川 憲章