
| 瑜伽大権現 蓮台寺の鬼塚(鬼たいじ) |
第五十代桓武天皇の頃、この児島地方に悪者がいた。その妖鬼の大将を阿黒羅王といい、東郷太郎、加茂次郎、稗田三郎の三人の子をもっていた。蓮台寺の僧侶を追放して寺に立て籠って、日々その勢いを増し参詣人も殆ど絶えてしまった。岩の陰や、木の陰に小さくなって匿れて行き交う人々を追いかけて掠奪する。ときには山の奥深く連れていって殺してしまうこともある。又ある時には、これらの妖鬼が綺麗な娘に化けて、若い人々を誘拐して行くようなこともあり、これが被害も段々大きくなってきて、人々は恐々としていた。 天皇はこれを聞き征伐を坂上田村麻呂将軍に命じた。将軍は怒るときは猛獣も恐れ、笑うときは三才の童児もなつくという立派な武将であった。 数千の軍兵を引きつれて、この島に渡って征伐しようとしたが、仲々討伐することができないので、七日七晩瑜伽大権現に戦勝を祈願したところ、ちょうど満願の夕方、不思議にも三郎が飄然として降伏して来たのであった。しかし、将軍は三郎を殺すことなく許し、自分の所で育てることにした。 ある日、将軍は酒宴を開いて妖鬼の大将阿黒羅王を招いて、すきを見て、これを征伐することが出来たのであった。 将軍は祈願成就を感謝して、荒廃しきった蓮台寺を修理し、将軍の武運長久祈願所とした。そして、鬼の骨を壷の中に入れて岩窟に埋め供養を施した。今の鬼塚がその場所と言い伝えられている。 供養を受けた妖鬼たちは、たちまち七十五匹の白狐となって、瑜伽大権現の使いとなったと言い伝えられている。合掌 |
| 第六番札所 由加山 蓮台寺(岡山県倉敷市児島) 住職 佐 伯 増 恒 |