| わが中国観音霊場会が友好提携する中華人民共和国観音聖地の普陀山全山住職「妙善」老師(淅江省仏教協会会長、普陀山仏教協会会長)が、二十一世紀目前の去る二〇〇〇年二月二十六日十四時三十八分入寂されました。享年九十二歳であり、正に仏教大導師の天寿を全うされた時でありました。 淅江省、舟山市はもちろんのこと中華人民共和国としても大変な方を失ったことであります。特に中国仏教協会においては、老師の入寂に関しては大変なショックを受け、とりわけ、中国の仏教信者にとっては、あの柔和な笑顔を持った大指導者の訃報に接し悲嘆にくれ、国をあげ惜しむ声が飛び交ったようです。 私達中国観音霊場会にも第一報が入り、関係者相談の上、三月六日の葬儀に友好提携霊場会として元霊場会会長・岡山西大寺坪井全広師、事務局長代理山口龍蔵寺宮原大地師、広島大聖院宇都影宗師、オフィス華林社長林淑英氏に当霊場会代表として参列していただきました。 普陀山では、盛大かつ厳粛に葬儀が行なわれ、大変な混雑と慌ただしさの中で丁重なおもてなしを受けたとのことです。 参拝者も政府要人、各国要人に加えて一般参列者も三万人にものぼったとのことでありました。特に、私達中国観音霊場会の関係者には特別席を設けられ、外国報道陣からのインタビューも受けたと聞いています。 そもそも、妙善法師との繋がりは、中国観音霊場会が、今から十年前の一九九〇年に普陀山との交流を始めたときからであり、最初の出会いから大変友好的に接していただきました。 日本国の他の観音霊場会からも友好提携の話がある中で、「特に貴霊場会は、同じ『中国観音霊場会』という名前であることから是非とも友好を提携して、一緒に観音様の思いを、衆生に広めてゆく努力をしましょう』と話され、たちどころにその提携を決定されて、記念法要、提携書交換等に進んでいったいきさつがあります。 その時代的背景が中国政府の解放政策の前ということもあり、その英断には頭の下がる思いをしたものです。 毎年の訪中団参にも必ずと言ってもいいほど顔をみせられ、団参者に優しくしていただいたことは、正に観音様というか、母なる聖地に里帰りをした思いでありました。 あれから十年たったわけですが、正に十周年記念とミレニアム記念事業を迎え、その準備の最中の悲報でした。十年もの間、私共の要求は何でも積極的且つ友好的に聴いていただき、実現してくださいました。心より厚くお礼申し上げ、心からのご冥福の祈りを献げるものです。 さて、老師亡き後の普陀山との交流ですが、愛弟子の戒忍さんがその代表者になられる予定ということで、当執行部も四度ばかりお会いしております。今後のこと、二十周年事業のこと等を話し合い、一応の了解を得ており、スムーズな関係が出来つつあります。 従って二十一世紀を前に、普陀山関係の代表者を日本にお迎えし、わが中国観音霊場会にも触れていただこうという計画もいたしております。 日本の留学僧・恵鍔大使の開創された普陀山、その恵鍔さんをお迎えすることで始まった中国観音霊場会、お互いにいつまでも観音信仰を中心にした聖地として、発展し続けてゆくことが、妙善法師への心からの供養と、改めて再確認した今日であります。 何卒、一般参拝者の皆様にも一層のご支援を賜りますよう心からお願い申し上げます。 当霊場会自身も、次々と若手僧侶の方々の台頭へと、時代は移行しつつあります。しかし、創立者の心だけはいつまでも忘れないように精進していただきたいと衷心念願するものです。 |
