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第7番札所(岡山県倉敷市) 補陀落山 円通寺

良寛さんと印可の偈
 江戸後期の良寛さんが修行いたしました円通寺には、境内に良寛さんの青年時代の銅像と、師国仙和尚から授けられた印可の偈があります。
 良寛さんは、新潟県の出雲崎にある名橘屋の長男で、十八才で出家し、円通寺の十五世国仙和尚より印可を受けました。その後諸国行脚し、故郷に帰り五合庵に住みました。手鞠をつき、かくれんぼをする良寛さんは、この五合庵時代の良寛さんでございます。
円通寺時代の良寛さんは、厳しい修行に取り組んでおりました。

良也如愚道転寛 良也愚の如く道転た寛し

騰騰任運得誰看 騰々任運誰か看るを得ん

為附山形爛藤杖 為に附す山形爛藤の杖

到処壁間午睡閑 到る処壁間午睡の閑

 寛政二庚戌冬 水月老袖仙大忍


第30番札所(鳥取県倉敷市) 打吹山 長谷寺

四国八十八ヶ所霊場と
西国三十三ヶ所霊場の石仏
 当山は、比叡山延暦寺を本山とする天台宗ですが、観音堂(本堂)の外陣には弘法大師が祀られ、多くの信者さんが参拝にこられます。
 東坂の参道からツツジ園にかけて、大正十三年に昭和天皇のご成婚記念として、四国霊場と西国霊場の石仏群が建立されました。鳥取県内中部を中心とする有線、無線の信者の方々からご寄付いただきましたこの三十三の観音様と、弘法大師と並ぶ八十八の仏様は、永い間風雨にさらされながらも打吹山より衆生を見守っておられます。
 参道は、春は桜とツツジ、秋は紅葉を楽しみながら、約三十分の行程です。雨上がりの日は、西方に雄大な大山を望み、観光の名所にもなっています。
 毎年四月二十一日には「弘法大師会」を厳修し、信者の方とお参りするのですが、その前々日には、石仏に新しい前かけを付けかえます。ピンク色、赤色と様々ですが、全て信者の皆様の手作りで、他の地蔵さんの分も含めて二百五十枚必要です。中には帽子、えりまきなどを付けられ、幸せをいただかれます。それは写真の皆様の笑顔が物語っております。                       合 掌


第22番札所(島根県浜田市) 亀甲山 多陀寺

阿字観のすすめ
 お大師さまは高弟の実恵大徳に「阿字観用心口決」という真言宗座禅の虎の巻を伝授されていますが、それは、み仏のいのちと慈悲の心を充分に頂戴する座禅であるとともに、私達人間の在るべき形を整え、正しい姿と心、そして健康に恵まれる修行であります。
 阿字観座禅の要点は、まず呼吸を整えて、仏さまの世界から送られて来る新鮮なる大気を胸一杯、腹一杯に吸いこむことによって、仏さまの生命を自分の呼吸を通じて感ずることであります。
 この時の自分の心はまん円い月輪のような仏心であり、これを菩提心というのであります。無傷の心であり、仏さまの心に立ち還った明るい光明に満ちた心であります。
 阿字観の心は光明三昧とか大空三昧と申しまして、仏さまの慈悲の心に照らされた心であり、仏さまの生き生きとしたいのちを自分の身体全体に感ずることによって自己の心をまん円い菩提心に直し、形を直す修行を試みるのであります。毎朝五分早く起きて、仏前に香と燈を点じて、手を合わし、自分の心と形をとり直して、落ち着いた心で出勤することが現代人にとっても大事なことであります。
 心と姿、それが仏さまと一体になる三昧の時間を持つこと、ここに「生かせいのち」の修行があり、お大師さまの教えを活かすことになります。



特別霊場札所(広島県尾道町) 摩尼山 総持院  西国寺

水積もりて 川となる
 雨の一滴一滴が集まって小さな川となり、小さな川が合流して大河となります。それと同じように、小さな努力の積み重ねが、やがては大きな成果を生みます。
 ですから、どんなに些細なことであっても、おろそかにしてはなりません。誠実に処理してこそ、大事を成し遂げることができるからです。
 反対に、大事を成し遂げようと思ったら、平素からこつこつと努力することです。目立たない地道な努力は、いつかきっと成果を生みます。
 私達はつねに幸せを求めています。幸せを求めて人間さまよっています。私達は幸せを一生懸命に探しています。
 山の向こうの町に幸せがあるかと思って行ってみたけれど、それを得ることができなかった。もう一つ向こうの山の彼方に行けば得られるかと思って行ってみたが、それでも幸せを手にすることが出来なかった。
 幸せは、遠い彼方にあるのではなかった。結局は自分で努力せずに幸せを得ることは出来ないということです。



第十六番札所(山口県山口市) 正宗山  洞春寺

山口育児院地鎮祭
 洞春寺の境内にある児童養護施設山口育児院は来年(平成十六年)、百周年を迎えます。
 それに伴って、院舎の改築を始め、去る八月一日に地鎮祭を執行いました。
 曽って洞春寺十九代荒川道隆和尚は、日露戦争の戦災孤児救済の為、山口県内の臨済宗寺院に呼びかけ、山口育児院を創設されました。爾来、沢山の子供達を養育してきました。
 此度の地鎮祭には、山口県内の臨済宗若手和尚を始め、縁故の和尚方に多数参列して頂きました。
 今日、僧侶に対する社会の要請は大きなものがありますが、此度の地鎮祭は、若手和尚方が社会と係る一つの大きな機縁になったと思っております。
 創立百周年を迎えるに当り、曽て山口県の臨済宗寺院が、社会の要請に応えて山口育児院を創立した様に、今の若手の和尚方にも、社会の色々な要請に対し、確りと応えて頂きたく、念願するものであります。